ポイント1:恐れの時代
現代は恐れと不安の時代といわれている。人々はいろいろな事で恐れや不安、心配に捕らわれ、不自由な生き方をしています。 イエス様の弟子達も、イエス様が捕らえられた時に恐れて逃げてしまいました。 ある青年は捕らえられそうになって裸で逃げたとも書いてあります。(マルコ14:52) またペテロは3度もイエス様を知らないと否定しています。(マルコ14:72) 私の中にも将来に対する心配や不安があることを先週感じました。 その中で祈っている時に心に留まったみ言葉は「あなたの神、主であるわたしが、あなたの右の手を堅く握り、「恐れるな。わたしがあなたを助ける。」と言っているのだから。」(イザヤ41:13)です。 ポイント2:主の守り イエス様は、私をあなたを助ける為に十字架にかかってくださいました。 イザヤ書53章を読むとその苦しみはとても大きなものでした。 3節には「人が顔を背けるほどさげすまれ」とあります。それは私のあなたの罪の為でした。 52章14節には「その顔立ちは、そこなわれて人のようではなく」とあります。それは私のあなたの罪の為でした。 そこまでして私をあなたを守ってくださるイエス様の愛を思い巡らしましょう。 ■適用1: イェス様が私を愛し、救い、守る為に何をしてくれたのかを今週特に思い巡らしましょう。 #
by kinojin
| 2004-04-04 20:49
| イザヤ
ポイント1:ぶどう酒とは
a 喜びをもたらすもの 当時の結婚の祝宴は1~2週間続いていた。その途中で大切なぶどう酒がなくなった。(2:3) ぶどう酒は、詩篇104:15では「人の心を喜ばせるぶどう酒」と言われている。それがなくなってしまった。 b 水 一方、きよめの水は律法主義的なユダヤ教の姿。人に喜びをもたらすことが出来ないものを象徴している。 ポイント2:主に話す a なくなることの幸い ある先生が「最近は人権が神になっている。」と話していた。現在キリスト教が盛んな国はアジアとアフリカなどの人権が余り守られていない国において。 彼らはそのような環境の中において主に心から叫んでいる。 逆に人権が強調されて守られている国においてはキリスト教が寂れている現状がある。 黙示録3:17には「あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。」 とあるが私達は自分が霊的に見るならば、哀れで貧しく、目が見えず、裸であることを知っているだろうか? ヤベツも第一歴代誌4:9で「彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を産んだから。」と言って、彼にヤベツという名をつけた。」と言われている。 ヤベツはこのような痛みの中から叫んだ。 ただ、単に「もっと祝福を、富を、楽な生活を」と求めたのではない。 b 主は満たしてくださる 飢え渇きを感じて主にもっていくことが出来る人は幸いである。 主に言われた通りにする時に、主は助けを与えてくださる。 水をくんだ僕となれる。 ■適用1:あなたの生涯の中で、ぶどう酒が足りなくなっている事を感じている部分はないだろうか? ■適用2:水をぶどう酒にしてくださるイェス様に求めていこう。 #
by kinojin
| 2003-03-30 20:58
| ヨハネ
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